この記事では人口、GDPについて記述いたします。
関連記事
シンガポールの経済指標2 インフレーションレート
シンガポールの経済指標3 政策金利・10年物国債利回り・為替レート
シンガポールの経済指標4 経常収支・貿易収支
シンガポール経済指標5 株価指数・失業率・鉱工業生産指数
1960年から2011年の人口推移です。
現在508万人の人口となっています。
人口規模が小さいためか、ややブレの激しい傾向にあるようです。
2011年のシンガポール人口ピラミッドです。
人口のピークは20-29に形成されています。
1960年から2011年のGDP推移です。
1997年から2004年にかけてアジア通貨危機の影響により大きく下ブレしています。
2007年の世界金融危機による影響を受けています。
大きな地図で見る
場所的には東南アジアに属します。
特にマレーシアとの関係が重要となっています。
順位 | 国名 | 2010年 |
---|---|---|
1 | カタール | 145,300 |
2 | リヒテンシュタイン | 141,100 |
3 | ルクセンブルク | 81,800 |
- | バミューダ諸島 | 69,900 |
4 | ノルウェー | 59,100 |
5 | シンガポール | 57,200 |
- | ジャージー | 57,000 |
6 | クウェート | 51,700 |
7 | ブルネイ | 50,300 |
8 | アメリカ合衆国 | 47,400 |
9 | アンドラ | 46,700 |
- | 香港 | 45,600 |
- | ガーンジー | 44,600 |
- | ケイマン諸島 | 43,800 |
- | ジブラルタル | 43,000 |
10 | スイス | 42,900 |
シンガポールは一人あたりGDPが非常に高くなっています。
これはタックスヘイブンとしての地位が高いためです。
一党独裁体制があまりにも強いため「明るい北朝鮮」との異名も持ちます。
1942年 日本軍シンガポール占領
1945年 第二次世界大戦終了。日本軍の敗戦で、シンガポールがイギリス領に戻る。
1956年 イギリスと独立交渉を実施
1959年 シンガポール自治政府誕生
1963年 マレーシアが独立、シンガポールも1州として含まれた。
1965年 マレーシアから分離独立。8月9日が独立記念日となった。
1967年 ASEAN発足。シンガポールもメンバーに加盟。
1971年 イギリス軍がシンガポールから完全撤退 ドルショック
1973年 変動性相場へ移行 第一次オイルショック
1975年 ベトナム戦争終結
1978年 為替管理の撤廃。
1979年 第二次オイルショック
1985年 プラザ合意
1986年 逆オイルショック
1990年 ソビエト崩壊
1994年 メキシコ通貨危機
1997年 アジア通貨危機
2001年 ドットコムバブル
2007年 世界金融危機
総じて言えるのは、マレーシアとの関係と、タックスヘイブンとしての地位がどれだけ維持できるかにかかっています。
今後もこの2つに注目していけば十分ではないかと思います。
なにぶん、面積の小さな国ですので、経済を構成する重要な要素が非常に限られています。
それがシンガポールの場合、隣国リスクと税制システムに大きく偏重しているということです。
逆に言うなら、この2つに火が点いたら非常に危険かもしれません。
アウトレット市場
マイル付き定期預金
スーツケース・旅行用品トラベラーストア
VAIO Eシリーズ[17.3型ワイド]
次の記事
シンガポールの経済指標2 インフレーションレート
関連記事
シンガポールの経済指標3 政策金利・10年物国債利回り・為替レート
シンガポールの経済指標4 経常収支・貿易収支
シンガポール経済指標5 株価指数・失業率・鉱工業生産指数
「シンガポール OR 経済指標 OR 人口 OR GDP:当ブログ内Google検索」
0 件のコメント:
コメントを投稿
この度はコメントをいただき誠にありがとうございます。
必ずしもコメントにご返信できるかはわかりません。