2011/09/26

メキシコの経済指標1 人口・GDP

メキシコの経済指標を確認します。

この記事では人口・GDPについて記述致します。

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1960年から2011年の人口推移です。

滑らかな人口増加を示している事がわかります。

直近では1億1234万人に達しています。


2011年のメキシコ人口ピラミッドです。

人口のピークが滑らかな形で0-19の若年層に形成されているのがわかります。

少子高齢化の心配は当分無いことがわかります。




1960年から2011年のGDP推移です。

1980年代には強い下ブレが見られます。

また、1996年にも大きな下振れが見られます。

推移の裏付けを簡潔に記述するのが面倒なので、Wikiから抜粋します。



1982年メキシコ債務危機
1970年代、石油価格高騰を受け、メキシコで石油投資ブームが発生した。また、メキシコの賃金がアメリカよりも安いことから、製造業の工場移転による投資も増えていた。国際金融市場を行き交うマネーが急増し、利益を得るために発展途上国への融資をどんどん行っていた。ちょうど1995年前後、1ドル100円水準の円高を受け、日本から東南アジアへ工場が移転し、東南アジア諸国に投資が急増したのに似ている。メキシコへの投資は、米国の金融機関にとって、比較的安全なものと判断されていた。ドルとメキシコ・ペソは固定相場であり、当時、メキシコの石油公社や電力会社は国営であり、メキシコ政府による債務保証が付けられていた。国家が破産するはずがないと信じられていた時代である。米国よりメキシコの金利が高いため、アメリカで資金を調達し、メキシコに投資をすれば、濡れ手に粟のように儲けることができた。そういう事情により、メキシコの対外債務は急増していった。債務の利払いは石油や輸出による代金で賄われていた。ところが、1980年代になると米国の金利が上昇したため、対外債務の利払いが増大し、さらなる融資が必要となったが、財政負担能力を超えていた。1982年8月、メキシコは利払いの一時停止(モラトリアム)を宣言する羽目になり、メキシコ国民は急激なインフレと失業の増大によって苦しんだ。
当時のメキシコの対外債務は870億ドルであった。メキシコ危機が国際金融機関に与える影響が大きいため、IMFと米国財務省、国際商業銀行団により救済措置がとられた。 1982年の利払い分に相当する80億ドルを緊急融資が実行され、翌年には70億ドルの追加融資が行われた。さらに、債務を返済するため、厳しい措置がなされた。石油公社や電力会社の民営化はもちろん、貿易自由化などを強要する条件で、メキシコとIMFを始めとする国際金融機関との合意がなされた。この成功を受け、メキシコ債務危機以降、発展途上国で債務危機が発生した場合の対応策として適用されることとなる。
危機脱出後はメキシコに再び資金が戻ってきたが、新規投資の資金ではなく、メキシコ人の富裕層が米国に流出させたマネーであった。このマネーが民営化された国営企業や銀行の購入資金となった。売却された国営企業の資産価値は売却額よりもはるかに高かったため、メキシコ債務危機が終わって見ると、一部の富裕層がさらに裕福となり、大半の国民がより貧乏になるという結果をもたらした。ここで大もうけした人達が、メキシコの経済改革を徹底的に行い、再び、アメリカや日本などの外国から資金を集めることに成功し、再びメキシコの対外債務は増加していった。

1994年メキシコ通貨危機
メキシコは1986年関税および貿易に関する一般協定(通称:GATT)に参加した。外国から資金を呼ぶため、金利は高く設定され、ペソは過大評価されていた。(この点、アジア通貨危機直前の状況と似ている)その結果、輸入が急増し、輸出は不振となり、貿易赤字が増大していった。1990年の貿易赤字は1000億ドルに達し、さらに1992年12月、北米自由貿易協定が調印され、アメリカからメキシコへの投資ブームが起こった。1982年の債務危機のことは忘れ去られ、安い労働力を求めて、アメリカの製造業がメキシコに大挙して工場を建設した。メキシコは空前の好景気に沸いていた。
しかし、バブルの崩壊は突然であった。1994年2月、南部で先住民による武装反乱が発生。3 月には大統領選挙の候補が暗殺された。この事件をきっかけにして、メキシコへの信頼が一時失墜し、カントリー・リスクの懸念が表面化。その結果、メキシコ・ペソが暴落し、ペソ売りドル買い圧力の増加に対抗するため、メキシコ政府はドル売りペソ買いで為替介入したが、力尽きて、国家は財政破綻。その結果、12月に固定相場から変動相場への移行を余儀なくされた。
その一方で、メキシコ通貨危機を防衛するために、メキシコ政府は額面がペソで元利金の支払いがドルで行う政府短期証券「テソボンド」を大量に発行した。この債権がメキシコ通貨危機が治まった後に事実上のドル建てで取り戻せたため、皮肉にもこれを購入した富裕層はたいへん儲かったという。1982年のメキシコ債務危機に続いて、1994年のメキシコ通貨危機でも、経済破綻を通して、富裕層がさらに富を増やしたが、メキシコに投資した投資家たちは巨額の損失を被り、メキシコ国民は急激なインフレと貧困に大量失業という苦しみを味わうことになった。



こうした債務危機を何とか乗り越えてこれたのも、メキシコ湾などに大量の石油などの資源を有していたためでしょう。日本のような製造立国では一度でも信用に火が付けば大変かもしれませんね。

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