2012/04/23

1803年から1868年までのイギリスGDPと国債発行残高推移を分析


19世紀前半のイギリスGDPと国債発行高推移から背景を探ってみます。

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1803年から1868年の国債残高推移とGDP推移です。

1860年にめでたく債務がGDPを下回る流れとなっています。

こうした流れをうみだした要素として蒸気機関の発展による産業革命が挙げられます。また、1850年から1900年前後までの19世紀後半ではアメリカ金ぴか時代の影響も大きくなっていきます。

ちなみに、1814年~1848年 ウィーン体制によって勢力均衡状態が維持されています。

1803年~1815年 ナポレオン戦争

1812年~1814年 米英戦争


ナポレオン戦争の時期にはGDPがフラット化し、経済が限界に近づいていた可能性があります。

1830年 リバプール・アンド・マンチェスター鉄道の開業

1769年には、ワットによる新しい蒸気機関が発明された。この蒸気機関が輸送機や紡績機などの効率を飛躍的に高めることに成功し、国家の成長に大きく貢献した。

1840年 ニュージーランドを植民地化


19世紀では18世紀のような戦争の連続は見られなくなります。

1815年にナポレオン戦争が終わると、フランスは体制が不安定化し、1830年のフランス7月革命を招く結果となりました。

筆者が個人的に興味深い期間である1818年から1860年の推移には産業革命に見られるような蒸気機関の発展、勢力均衡状態、植民地の拡大とその安定が裏付けとして存在しているのがわかります。

勢力均衡は崩れるものの、特に蒸気機関などの外燃機関や内燃機関の発展はその後も続くことになります。

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